2016年4月14日木曜日

備前焼伝統工芸士会作陶展(岡山天満屋、4/20~4/26)にNPOメンバー4人出展


今月20〜26日に岡山天満屋5階美術画廊(岡山県岡山市北区表町2丁目1番1号)にて、備前焼伝統工芸士会の作陶展が開催されます。
作陶展には、当NPOメンバー4人(木村桃蹊堂木村憲次代表、木村一陽窯木村宏造代表、柴岡陶泉堂柴岡代表、備前天津神社日幡宮司)が出展します。
備前伝統工芸士会にとっては、実は地元岡山で初の作品展だそうです。
名だたる作家の作品を一同に集めた貴重な機会なので、是非訪れてみてください。

場所:岡山天満屋5階美術画廊(〒700-8625 岡山県岡山市北区表町2丁目1番1号)
日程:平成28年4月20日〜26日10時~19時30分 (※最終日4月26日は16時まで)

備前天津神社祈年祭(天津神社、平成28年4月17日)



当NPOのメンバー日幡宮司が宮司を務める天津神社にて、今月17日(平成28年4月17日)に祈年祭が行われます。
祈年祭とは豊作を神社の神様にお祈りする儀式で、例年雅楽や舞、太鼓の奉納(神様に音楽の演奏をすること)など演奏や催しが行われています。
地元の方が中心のお祭りですが、参加や見学についてはどなたでもできます。
興味のわいた方は立ち寄られてみてはいかがでしょうか。

2016年4月3日日曜日

NPO会員リレーインタビュー第四弾・日幡行雄(備前天津神社)

NPO会員リレーインタビュー第四弾は備前天津神社の日幡行雄宮司です。


宮司になったきっかけ(他の道に進もうという考えはなかったのでしょうか?)
宮司になることへのためらいや迷いはなかった。
高校を卒業し、伊勢へ宮司になるための研修を受けに行く過程において自然と宮司になることへの決意が固まっていった。

宮司であり備前焼作家でもある。


宮司としての経験が備前焼作家としての作陶にプラスになることは?
精神的な面でのプラスの影響が大きい。
普段の立ち居振る舞いから作陶中に至るまで宮司としての自覚を忘れないで居続けられる。

備前焼作家として

作風
作家としてのポリシー、こだわりは?
商売だけでない伝統をふまえたモノ作り。伝統工芸士として備前焼を伝えていくこと。

得意な作品は?
金彩、墨を使った作品

今までで一番の大作は?
とくにない
ある時点で最上だと思っていた作品でも、時間が経つにつれ向上心や探究心が出て満足感が失われていく。
結果その作品に満足できないようになってしまい、もっと良いものを作れる、作りたいという気持ちが芽生えてくる。
生涯探究心を失わず、良い作品を作れるよう突き詰めていきたい。


作家として、宮司として一番報われる瞬間は?
作家としては、自分の作った作品を長年愛用してくれること。個人的には、鑑賞よりも使い込んでくれた方がうれしい。
宮司としては、感謝の気持ちを率直で自然な言葉で表してくれること

新しいチャレンジは?
当NPOへの参加
今後も日々の仕事を大切にして行くこと

備前焼と備前の町全般についての質問


備前焼、備前の町のいいところ、逆に改善すべき点は?
いいところは、何と言っても備前焼後世に伝えていきたい
改善すべき点は特にない。問題があるとするなら、それは町よりも人の問題。各人が己を変えていくのみ。

お子さんや若い方などの後継者の方に望むことは?
アナログの精神を忘れないでほしい。1+1が3にも5にもなる世界を作ってほしい。それとともに自分たちの足下もしっかりと固めていってもらいたい。

備前焼、備前の町への思い
変化も悪くない。ただし今後も備前には文化の町であり続けてほしい

日幡行雄(ひばたゆきお)プロフィール
備前天津神社宮司・備前焼作家・備前焼伝統工芸士
備前天津神社の宮司として神社の行事を通じて、地域の交流、備前焼を含めた伝統の継承に力を尽くしている。
神職の傍ら備前焼作家としても活動し、金彩を用いた伝統的な作陶を得意としている。
備前焼作家としての主な受賞歴・入選歴は、日本伝統工芸支部展、中日国際陶芸展等。
(「備前焼作家・窯元名鑑(山陽新聞、2015)」参照)

NPO会員リレーインタビュー第三弾・木村茂夫(木村興楽園)

NPO会員リレーインタビュー第三弾は、木村興楽園の木村茂夫氏です。

作家になった経緯
備前焼作家の家に生まれた女性(いまの奥様)と結婚したこと
別の道も考えていたが、陶器に囲まれた環境(祖父が骨董屋を営んでいた)に育った経験により備前焼に一生を賭ける決意が芽生え、作家となった

備前焼作家としては特殊な経歴(県外出身、大学は理数系、広告会社の社員の経験)
作陶になにかプラスになったこと、作品にどう活かしていますか?
広告会社に勤務した経験は人の心に訴える作品を作る土台になった。
理数系出身として得た知識は、備前焼作陶のプロセスにおける化学反応や科学的原理を理解する上で役に立った。しかし作家としては理屈よりも感覚を大事にしている

作風


作家としてのポリシー、こだわりは?得意な作品は
花入れが得意でこだわりがある
作家さんの中では自分の技量を示しやすい壷や皿を作る人が多いが、自分は花入れが好き。
備前焼の花入れは備前焼本来の地味な色で花の鮮やかな色彩を引き立たせる。まさに備前焼に一番らしい作品だと思う

今までで一番の大作は?
今は病院に飾られている大きな花入れ。
その花入れで花を活けたらとても豪勢で美しい。


作家として一番報われる瞬間は?
窯出しの瞬間
窯出しは多くて年に2、3度しかないので、作陶歴数十年の熟練作家でも100回以上窯出しを経験した作家は少ない。そのため、どんな大作家でも確実に良い作品を作れるという保証はない。
その分やりがいがあり、成功したときの感動は大きい。特にトラブル続きの末完成して窯出しをした時の感動は格別なもの。自分ではない他の作家の窯出しを手伝った時でも感動は大きく思わず涙が出てくることもある。

新しいチャレンジは?
新造した窯で作品を作ること
作品は窯の大きさや種類によって大きな違いが出てくるので、新造した窯に合う作品を作っていきたい。

備前焼と備前の町全般についての質問


備前焼、備前の町のいいところ、逆に改善すべき点は?
いいところは、備前焼の町であることに協力してくれる住民の存在
改善すべき点は、作家業への専念も大切だが、時には全体でまとまって協力すべき時に協力してほしい。

お子さんや若い方などの後継者の方に望むことは?
伝統とは不変ではないし変わっていくもの新しいことにチャレンジを続けていつか自分のスタイルを見いだし、それを伝統へ昇華させて伝えていってほしい

備前焼、備前の町への思い
陶芸の町備前の町並みは誇れる景色。そして景色のように、普段そこに住む人には逆に見逃してしまう良さが沢山ある。備前に住む人にこそ一歩離れて備前を見てみてほしい

木村茂夫(きむらしげお)プロフィール
備前有数の窯元木村興楽園の陶工。
花入や食器等、生活に根ざした作品から二宮金次郎の備前焼像等大規模な作品も手掛ける。
備前焼作家の団体、備前陶心会の会長も務めた。
(「備前焼作家・窯元名鑑(山陽新聞、2015)」参照)

木村興楽園・木村茂夫氏の写真の訂正とお詫び

本記事「NPO会員リレーインタビュー第三弾・木村茂夫(木村興楽園)」において、誤った写真を掲載していました。
当記事中において木村茂夫氏として掲載していた写真は、十五代木村長十郎友敬氏の写真でした。
本記事中に掲載していた十五代木村長十郎友敬氏写真は削除し、木村茂夫氏の写真と差し替えさせていただきました。

十五代木村長十郎友敬氏、木村茂夫氏を初めとした木村興楽園の方々並びに当NPOのHP閲覧者の皆様、当NPOのブログの読者の皆様には深くお詫び申し上げます。
申し訳ありませんでした。

NPO会員リレーインタビュー第二弾・木村宏造(備前焼窯元一陽窯)

NPO会員リレーインタビュー第二弾です。

二人目のインタビューは、備前焼窯元一陽窯の現当主木村宏造氏です。


備前焼作家になったきっかけ(他の道に進もうという考えはなかったのでしょうか?)
ない備前焼作家一筋

大学では陶芸の替わりに彫刻を専攻

陶芸の替わりに彫刻を専攻に選んだ理由は?
陶芸の替わりに彫刻を学んだのは、彫刻は立体的芸術という点で陶芸に通じるものを感じたから。

彫刻を学んで得たものは?
彫刻は立体的芸術。彫刻を学んだことは備前焼の成形に役立ち、形の美しい備前焼を創ることに活かせている。
そして、備前焼の作陶に置いて形の美しさにこだわりを持つようになった。

作風

作家としてのポリシー、こだわりは?
作品の美しさにこだわりがある。形の不自然なものは作らない。

得意な作品は?
皿(備前焼の皿は作家としての技量を反映し易い作品でこだわりを持つ作家は多い。)


今までで一番の大作は?
一番の作品というよりも、毎回毎回の窯出しで窯の良さを引き出して狙い通りのものを作れるように心がけている。

作家として一番報われる瞬間は?
毎回の窯出しの瞬間。結果が目に見える形でわかり、出来上がった時の感慨は大きい。

作家として活動する一方、備前焼作家の最大規模の団体備前焼陶友会理事長としても活動。
組織のトップとして心がけていることは?コミュニケーションのこつ
自然体で接する、それを積み重ねて人間関係を築き上げていくこと

お子さんや若い方などの後継者の方に望むことは?
自分で自分の型を創ること

備前焼と備前の町全般について


備前焼、備前の町のいいところ、逆に改善すべき点は?
いいところは、作家、窯元、備前焼の作品が一カ所に固まってあるという、まさに陶芸の町であること
改善すべき点は、備前焼の窯元や店舗の敷居が高いというイメージを変えて一見さんや一般の方に親しみ易い雰囲気作ること

備前焼、備前の町への思い

もっとたくさんの人に来てほしい。(シンプルだけど重要なこと)

木村宏造(きむらこうぞう)プロフィール
備前焼窯元一陽窯代表。岡山県備前焼陶友会理事長。備前焼伝統工芸士。
備前焼窯元一陽窯創業者の木村一陽氏の長男。
作風は“使いやすいい器”をモットーにしつつ、伝統や芸術性、現代的な感性も重視している。
入選・受賞歴は日本伝統工芸展、日本陶芸展など。代表作は岡山市沖田神社の備前焼津田永忠像等。
2011年より岡山県備前焼陶友会理事長を務めている。
(「備前焼作家作家・窯元名鑑(山陽新聞、2015)」参照)

NPO会員リレーインタビュー第一弾・柴岡正志(備前焼窯元香山窯・柴岡陶泉堂)

ご無沙汰しています。
NPO法人備前焼タウンプロジェクト協議会のブログ管理人です。
当NPOの実態をもっと知って頂くため、当NPO会員のインタビューを連載形式でこのブログに掲載していくこととなりました。
不定期になりますが、インタビューは順次、各NPO会員一人ごとに連載形式でブログに掲載していきます。

インタビュー第一弾は、備前焼窯元香山窯・柴岡陶泉堂第三代当主柴岡正志氏です。


備前焼作家になったきっかけ(他の道に進もうという考えはなかったのでしょうか?)
他の道を考えたことは一切ない。作家一筋。

高校卒業後、京都の学校で陶芸技術全般を学んだ。
備前焼以外には何か学ばれましたか?それを作品にどう活かしていますか?
京都の学校では備前焼の以外の陶芸の技術を多く学んだ。
その中で備前焼と他の陶芸技術の違いを理解でき、また京都の学校で学んだろくろの技術は後に備前焼の成形技術に活かすことができた。
何よりの財産はそこで得た陶芸仲間の輪。その輪は全国に及ぶ。

作風


作家としてのポリシー、こだわりは?
使い易いもの、自分が使いたいと思うものを作ること

得意な作品は?
茶道具と花器

今までで一番の大作は?
お客さんが使ってくださっているもの

作家として一番報われる瞬間は?
自分の気に入った作品ができて、それがお客さんに喜んでもらえること

新しいチャレンジは?
青備前()を初めとした伝統的な技術を徹底して磨き上げ、それを次の世代に守りつなげて行くこと
(備前焼窯元香山窯・柴岡陶泉堂は、青備前といわれる備前焼古来の伝統的製法で作られる作品を強みとしています。)

備前焼と備前の町全般について


備前焼、備前の町のいいところ、逆に改善すべき点は?
いいところは、千年の伝統を持つ陶芸の町であるということ
逆に改善すべき点は、もっと備前焼の町という雰囲気を出してほしい。例えば公園等の公共の施設に備前焼をもっと使ってほしい。

お子さんや若い方などの後継者の方に望むことは?
他社の模倣はダメ。自分の個性を生かしつつ伝統を受け継いでいってほしい

備前焼、備前の町への思い
備前焼を絶やさないように。備前焼独自のものを生み出していってほしい。

※青備前とは

青備前とは、漆等の塗料を一切使用せず窯の中の酸化還元の還元反応によって作られる鮮やかな青地の備前焼です。
その歴史は大変古く、室町時代には既に青備前は作られていたそうです。
ただし昔は青備前とは実は非常に希少な作品で、意図的に作り出すのは技術的に難しいものと言われていました。現在では塩を使って意図的に作り出す技術が確立されています。ただし現在でも塩を使わない自然の青備前も創られています。
備前焼窯元香山窯・柴岡陶泉堂は青備前にこだわりを持って取り組んできました。特に二代目代表香山氏が青備前を得意としていて、昭和天皇・皇后両陛下の天覧を賜った作品も青備前の作品でした。
そして現代表正志氏も香山窯柴岡陶泉堂の伝統受け継ぎ、青備前を重視された作陶を続けています。

柴岡正志(しばおかまさし)プロフィール
備前焼窯元香山窯・柴岡陶泉堂代表。三代目香山。備前焼伝統工芸士。日本伝統工芸士。
二代目香山氏の長男。
作風は、伝統や芸術性を重視しつつ実用性に富んだ作品や日用品も手掛ける。
日本伝統工芸士会作品展、全国伝統工芸品公募展等の受賞歴多数。
二人の息子(力氏・久氏)も父正志氏の後を継ぐべく備前焼作家の道へ進み、現代的な感性を活かした作品(恐竜やロボット、魚のオブジェ等)で新境地を開拓中。
(「備前焼作家・窯元名鑑(山陽新聞、2015)」参照)